昨日、また体罰の問題がニュースに出ていました。

人間と人間の間で起きることだからこそ、この問題は『体罰は良くない』という
ことだけでなくなる問題ではないのだと思います。
今回のケースは、ニュースから得られる情報によると児童の態度が良くなかったと
あります。

 

大人として、教師として子供の態度を指摘するということは必要であり、本来は
児童もその親もその点に関しては自分の態度や子育てについて省みる必要もある
のかもしれません。
もちろん、もしかしたらそういう態度に至った児童なりの言い分もあると思い
ますが。

児童の態度に対し、教師の取った行動には下記のような二つの思いが混在して
いたのではないだろうかと思います。

・この子のために、今の態度は改めるよう指導する必要がある。
・大人、教師に対してその態度は許せない、腹立たしい。

 

人間ですので、子供がとった態度に腹立たしさを感じてしまうことはあると
思いますが、大人として、教師としての使命感と個人的感情を調整して行動
しなければなりません。

しかし、体罰がこれまで以上に問題視され、ニュースでの報道も増えている中
でも感情のコントロールができずに『体罰』を引き起こしてしまう人がいると
いう点がこの問題の根深さだと思います。

 

 

私くらいの世代やそれ以上の世代でスポーツをしていた人の中には、指導の
中で手を挙げられた経験のある人も多いと思いますが、その際に体罰だと
感じず、自分の態度を改めるきっかけになり、自己成長につながたっという
体験をした人がいるのも事実なのだと思います。

そのため、無意識に手をあげてでも指導することが効果があると思って
やりすぎてしまったというケースがあるように思うのです。

 

もちろん、だからと言って手をあげることを肯定できるものではないの
ですが、良いか悪いかではなく、体罰という問題が起きる心理的背景を
考えた上での対策をしていかないと、学校教育やスポーツ指導の現場から
体罰を無くすのは難しいでしょう。

体罰は良くないということだけでなく、子供たちの中には大人の感情を
激しく刺激する不適な態度をとるものもいるという前提で、そういう場合
にどうすればいいかという指導をしていくことも大切であり、子供や親と
の関わりの中で迷いのある教師や指導者が相談できる場所も必要なの
ではないかと思います。

 

 

s-mm