自分が指導を受ける立場であった時や大学生を指導していた時、小中学生を指導している
現在の経験から感じることは、指導者の言葉の選択はとても大切なのに指導のつもりで
暴言を吐いている人は少なくないということです。

特に人格を否定する言葉や自分の権限を勘違いしてその人の権利を侵害する言葉という
ものが心理的な不快感を与える度合いは非常に大きいです。

人格を否定する言葉には、
「役立たず」、「のろま」、「だからお前はダメなんだ」、「お前のこれまでの経験
は無駄だった」、「頭が悪い」

などです。

自分の権限を勘違いして相手の権利を侵害する言葉は、
「もう帰れ」、「やめてしまえ」、「他のところへ行け」
などです。
自分の権限を勘違いして振りかざす人は、概ね相手の持っている権限に対しては無頓着
です。
時々、学校や職場などでは、相手にその権限を持って正当な方法で反撃されて立場を
失ってしまう人もいます。

 

上記のような言葉を使っても、指導を受けているものの精神力、自尊心が強くて
自分なりに言葉の意味を捉え、自分の正しい行動の誘発につなげてくれる人もいる
こともありますが、それを指導者が期待することは、指導者の指導を受ける者に
対する依存です。
「私はこんな言葉しかつかえないけど、ちゃんと意味を解ってくれ」
という指導者として非常に情けない態度です。

指導においては、あえて言葉にしないことで相手に考えさせるということはあって
も不適切な言葉を自分なりに解釈しろということは、人間の尊厳という観点からも、
指導の効果という観点からも望ましくありません。

さらに言葉の選択は、相手の心を傷つけるだけでなく体罰の誘発にもつながります。
丁寧で、相手を配慮した言葉を使いながら叩いたり、蹴ったりすることは難しい
のですが、暴言を吐きながらであれば叩く、蹴るという行為も行いやすくなります。

 

もし、自分が不適切な言葉を使って指導をしているという場合は、一度極端に言葉
を丁寧にして指導をしてみてはいかがでしょうか。
そうした時の相手がこちらを見る目、表情がこれまでと違うことに気付けると思います。
人間は、心が安定していれば成長したいという欲求を持っています。
指導者の言葉は、時に行動を戒めるものも必要ですが、その言葉の中にも成長したいと
いう思いを刺激する工夫、自分を省みる機会を与える工夫をして頂きたいと思います。