体罰がなかなかなくならない理由として、指導者の感情のコントロールだけでなく、
本来指導とはどうかかわるべきなのかということに思考を巡らすことが少ないと
いうことも関係しているのではないかと思います。

スポーツや学校教育などで、子供たちを指導するということは性格や家庭環境の
違う一人一人の子供と向き合い、相手のことを想像して接する必要があると思う
のですが、人間はどうしても過去の体験から答えを探そうとする習性があるため、
目の前の子供の性格や家庭環境という特有の条件をもとに、自分が取るべき行動
を模索して接することよりも、自分が受けてきたり、見てきた指導方法を選択
してしまう傾向があるように思います。

 

指導というものは、その要素として教えることや伝えることが入っていますが、
気付かせること、考えて答えを絞り出させることなども含まれています。

そのため、手をあげるという力を行使した対応ではなく、よく話を聴く、伝える
ための言葉を選び、また話を聴くというやり取りの中で、気付きを促したり、
考えさせる問い掛けをして成長に導いていくことが望ましいと思うのですが、
自分自身がそういった対応をしてもらったことが少ない場合、どうしても自分
の頭の中にある行動パターンで関わってしまうのです。

 

体罰は良くないということは、多くの指導者も頭では分かっていると思うの
ですが、それと同時に教えないといけない、わかってもらいたいという思い
から、行き過ぎた行動になっているケースも少なくないでしょう。

指導者が、指導というものについての心理面の本質のようなものを学ぶ機会
があって、腕力ではなく洞察力、コミュニケーション能力などの目に見えない
力を使って指導して行けるようにしていくことも体罰防止のために必要なこと
だと私は考えています。

 

 

s-mm