体罰ということが大きな問題として取り上げられるようになった背景には、
度を越えた行為を行う人がいるということが関係していると思います。

そもそも、手をあげるという相手の体に衝撃を与え、精神的にも大きな
ストレスを与えてしまう行為である以上、度を越えるという問題でなく、
体罰自体がよくないとも思うのですが、現実に教育や指導の現場では
手をあげる人もいて、それが相手の反省を促した場合もある反面、度を
過ぎて大きな事件になったり、相手の心身に傷を負わしてしまったと
いうケースがあります。

 

教育や指導という名目で、過剰に叩いたり蹴ったり、時には投げ飛ば
したりしてしまう人の精神状態は、正常ではない可能性も十分に考え
られます。

衝動をコントロールできない、自尊心が異常に低いのに日頃から虚勢
を張っている、過度のストレスを抱えているが気付いていない、など
という要素が過剰に叩いたり、蹴ったりすることに関係していて、
それは人格形成の中で生じた偏りや現在のストレスが関係している
可能性が高いといえます。

学校の教師やスポーツの指導者も一人の人間である以上、過去があり、
感情があるわけですから、教育や指導の枠を通り越して、ただの暴力
として手を出してしまう可能性があるので、時には体罰が必要だと
いう考えの下では、大きな事件や子供の人生を狂わす問題に発展する
ということはなくならないと思います。

 

日本の教育やスポーツ指導の現場で体罰が行われた歴史はありますが、
過去に実例があるからというだけで、今後もその必要性を説いていく
ことでは、同じことが繰り返されてしまいます。

教育、スポーツに限らず、コミュニケーションを通じて学問や技術
などを伝えていく技術を培える機会を作って、教師やスポーツの
指導者が研鑽していくことが必要だと思います。